麻生百年史

出炭人別表・石炭価格平均表

第二章 勃興期
明治中期の炭業界

14 その概況と発展
日本の炭業界も明治中期(二十年代)を迎えると、徐々に機械化が進み、産業としても本格的に整備されていった。初期の人力に頼るテボを背負っての原始的な採掘のタヌキ堀りから、さまざまな機械がそれにとって代わる。明治十四年(一八八一)の杉山徳三郎の蒸気ポンプによる坑内排水の成功を手はじめに、明治、赤池、豊国の各炭鉱も間もなくこれにならっていた。帆足義方も杉山に負けずに機械化に全力を傾け、新入炭鉱ではランカシャ汽罐を設け、スペッシャル・ポンプの導入に成功していた。開削の際、黒色火薬を初めて使用したのもこの頃である。
また、排水ポンプをはじめとして捲楊機、扇風機なども導入され、徐々に一般化されていった。そして採掘用の切炭機、抗外においての選炭機の普及、動力は蒸気機関(タービン)、電気モーターと発展していく。

このように機械化が進むにつれ炭坑の規模も自ずと大型化していった。いわゆる大堅坑時代の到来であり、大手資本の三井(田川)、三菱(方城)及び製鉄所などは、約三〇〇メートルを超える堅抗を完成し、従来の炭坑の様相を一新していった。

また三菱鯰田では、長壁式切羽採炭が明治二十年(一八九一)に取り入れられ、間もなく他の抗にも普及していった。さらに、明治四十年(一九〇七)頃になると、三井田川、新入で総払式長壁法が取り入れられ、間もなくこの方式を筑豊の殆どの炭坑が採用するようになり、大正時代まで全盛を極めた。そして坑内爆破用に黒色火薬を使用し始め、続いてダイナマイト爆破へと進んで行くのである。
また、坑内運搬作業も、従来の人力依存から必然的に機械化の道をたどり、明治二十三年(一八九〇)には、三菱鯰田抗の第一抗から嘉麻川沿堤にかけて抗外運炭用のエンドレスロープが使用され始めた。これに伴いテール捲、コース捲、逆転エンドレスなどが次々と登場してきた。これらは坑道にトロッコ電車が走るまで続いた。

捲楊機についても蒸気捲楊機から電気捲楊機へと改善されていった。選炭機械もコックス、ジャレイター式選炭篩、トロンメル回転篩、ジンマー式揺動機などが順次に設置された。水洗機もジッガー式(明治四十三年− 一九一〇 −に麻生の豆田抗で採用)ロビンソン式、バウム式、ブラケット式などが次々と導入された。

しかし、これらの最新式機械設備を大幅に取り入れたのは、やはり地場資本による大手の大資本の炭坑であった。
一方石炭の機械化に伴い必然的にその生産もまた増加の一途をたどる。例えば、明治二十一年(一八八八)の全国出炭量は約二〇二万トン前後だったのに対し、同三十年(一八九七)には約五二三万トンと二倍強にのぼり、さらに明治三十九年(一九〇六)になると一,二九七万トンに達し、約六倍に増加した。これはまさに日本近代産業の進展に伴い石炭が唯一のエネルギー源として脚光を浴び、増産の一途を辿ることになっていく過程を如実に物語っているのである。

15 機械化と事故
このように飛躍的に生産が増加するにつれて、輸出もまた大幅に伸び、明治二十一年(一八八八)に約九七万トンであったのが、同三十三年(一九〇〇)には、約三三七万トンにまで増大した。
そして明治二十七、八年(一八九四・一八九五)の日清戦争及び同三十七、八年(一九〇四・一九〇五)の日露戦争の影響が、日本の諸産業に驚異的な飛躍を遂げさせ、石炭の増産につぐ増産がその基盤となっていた。

しかしその経営状況は、必ずしも好調ではなく、不況と隆盛の間を振子のように揺れ動いていた。と同時に、新式機械の導入に伴い、規模も大型化し、今まで人力によっていた時代と異なり、ちょっとした事故でもすぐそれが大災害に結びついていくという不幸が重なっていた。 それは一つには、この過渡期にヤマが急速に機械化され大型化したために、それに対する安全対策が伴わず、頻繁に大惨事を引き起こす因となったのである。

主なものだけを列挙してみると―――。
明治八年(一八七五) 長崎の高島炭坑のガス爆発
(死者四〇名)
同三十二年(一八九九) 豊前(筑豊)の豊国炭坑のガス爆発
(死者二一〇名)
同三十六年(一九〇三) 筑豊の各坑内で火災が頻発した
大峰鉱(死者六五名)
赤池鉱(同三三名)
二瀬鉱(同六四名)
同三十九年(一九〇六) 長崎の高島炭坑でガス爆発
(死者三〇七名)
同四十年(一九〇七) 豊前(筑豊)の豊国炭坑でガス爆発
(死者三六五名)
同四十二年(一九〇九) 貝島桐野二坑でガス爆発
(死者二五九名)
同四十四年(一九一一) 住友忠隈炭坑でガス爆発
(死者七三名)

このように大きな事故を挙げただけでもかなりの数にのぼる。まして小さな事故は頻発し、その死傷者の数はかぞえきれない。 この繁栄の蔭での悲惨な現実に直面して、保安対策の急務がようやく叫ばれるようになったのである。
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