ここで、終戦直後の昏迷から脱した麻生鉱業株式会社および産業セメント鉄道株式会社の動きに目を転じると、石炭の麻生鉱業を取りまく環境が日々に厳しさを増しつつあったことは、本章において詳述してきたとおりであるが、産業セメントにおいてもまた、これに劣らず社内全般にわたった合理化がすすめられ、思い切った職制・組織の改革が次々に断行されていたのである。
そしてその最大のものが、昭和二十九年に行われた両社の合併による『麻生産業株式会社』の発足である。
<産業セメント鉄道の動き>
今次大戦のもたらした惨禍は、セメント産業界においても、まことに厳しいものがあった。建設基礎資材であるセメントは、戦時中は石炭と同様、厳重な統制下におかれるとともに、国家の至上命令による増産に狂奔させられた。しかし、戦況の苛烈化とともに労務者、燃料をはじめとする諸資材の不足が深刻化して、昭和十八年全国生産三七七万トンが、翌十九年には二九六万トンに激減、終戦時においては満州、朝鮮、台湾、樺太の在外工場のすべてを失うとともに、内地三十四工場の設備能力は四五〇万トンを有していたにもかかわらず、生産実績は一一七万トンまで低下するという半死半生の状態であった。さらに昭和二十一年には飢餓線上を彷徨った国民生活から、極端に操業度が低下し、同年の全国生産は百万トンを割って九三万トンに落込むという潰滅に近い有様であった。
産業セメントの戦争被害は、とりわけ甚大であった。昭和十八年七月には戦時非常措置によって鉄道部門は国鉄に接収され、採石部門も別会社の船尾鉱業株式会社に分離されるという、双鋏をもがれたカニさながらであり、生産量も逐次低下して昭和二十一年はついに年産一万五千トン〈同十八年の四分の一強〉という惨状であった。
しかし、二十二年には採石部門も当社に復元し、余熱利用の自家発電機三千キロワット二台が増設されるとともに、岩粉工場も新設されるなど、工場もようやく活気を取り戻し始め、この年から生産量も上昇カーブを描いていくのである。
昭和九年の重要産業統制法に始まる自主統制から、同十五年のセメント配給統制規則による官僚統制に至る長期に亘ったセメント統制は、昭和二十五年一月一日に完全に廃止されたが、時を同じくして勃発した朝鮮戦争とジェーン台風による需要増は、一般の景気上昇とともにセメント業界にも未曾有の好景気をもたらした。翌二十六年にかけてセメント価格は高騰につぐ高騰を続け、砂糖、硫安と並んで、いわゆる“三白景気”を現出するに至る。この好況下で各社は競争して増設を重ね、二十四年末七十九基であった保有窯は三十年末には百十九基となり、この間、電化、三菱、富士セメントの各新設会社も誕生した。
しかし、二十九年八月には四年間釘付けにされたセメント相場も、政府の値引き要求もあって下り坂に向かい、翌年には需要は完全に頭打ちとなって、さしものセメントブームにも終止符が打たれることとなったのである。
当社においても、大要前記のような経過をたどるが、肝心の生産設備は昭和九年の創業時に設置された旧式キルン二基のみであり、販売シェアも昭和二十八年で対全国わずか二パーセントであった。翌二十九年三月、三号キルンが設置されるに及んで、シェアは二・七パーセントに上昇したものの、折から急上昇を始めた経済界の需要に応じたシェアを確保するためには、さらに巨額の資本投下が必要とされる状況を迎えていたのである。
<石炭とセメントの合併>
もともと当社のセメントは、初代太吉の石炭産業によって蓄積された資本から生み出されたものであるが、前述のようなセメント業界の実態の中にあって、さらに発展していくためには、資本力の飛躍的な増加がどうしても必要であった。
いっぽう、石炭の麻生鉱業も動乱ブームの終了や重油の急速な進出のため、厳しい合理化が要請されているときであった。石炭、セメントはそれぞれの商品性から好・不況期が必ずしも一致せず、従って業績も一方が黒字のときは他方は赤字であるというケースが多く、また戦後の税制上からも、両社合併のメリットが大きいことに太賀吉は着目してその検討を指示した。両社首脳は直ちに具体的方策の協議を重ねた結果、昭和二十九年五月の産業セメント鉄道株式会社取締役会は、麻生鉱業との合併を決議し、諸般の手続きをすすめた。麻生鉱業においても同様である。
かくて同年十月一日、両社が合併して資本金二億六千五百万円の『麻生産業株式会社』〈社長 麻生太賀吉〉が出現、石炭、セメント、病院の三事業部門を有する異色の新会社誕生となるのである。
合併当時の構成は次のとおりであった。
部門別 従業員数 年間生産量
石炭〈含病院〉 六、八二六 七一九、〇〇〇トン
セメント 一、一一八 三〇七、七九四トン 〈石灰石生産高は含まず〉
合併と同時に、従来の産鉄『後藤寺工場』は『田川工場』と改称され、産鉄の支店、出張所はそれぞれ麻生産業各支社、支店に統合された。