麻生の足跡

斯道文庫

麻生の足跡−地域とともに−
斯道文庫
 昭和35年に発足した慶応義塾大学付属研究所「斯道文庫」は、日本および東洋の古典に関する資料を蒐集・保管し、調査研究を行っている研究機関です。現在では、委託書3万5500冊を含む約14万冊の蔵書と、約6200本の100フィートマイクロフィルム、紙焼写真約3000冊を収蔵。文庫長のほか6名の専任教員と4名の事務職員、若干名の研究嘱託スタッフを擁する、日本と東洋の古典の書誌学的研究を行う世界一の研究機関となっています。

 この「斯道文庫」の前身は、昭和13年12月に、当時麻生商店の社長であった麻生太賀吉が福岡に設立した財団法人斯道文庫です。「麻生商店の20周年記念事業の一環として、日本の古代文化が発祥した九州に、日本ならびに東洋の精神文化を研究する機関を創設したい」と、九州帝国大学の協力を得て進められた事業でした。
 太賀吉は、幼くして父を亡くしたため、学習院中等科1年在学中に初代・太吉によって郷里に呼び戻され、教育者としても知られる九州帝国大学工学部教授・河村幹雄博士のもと、少数精鋭の私塾「斯道塾(しどうじゅく)」で教育を受けました。「斯道」とは、『論語』などに由来する仁義の道を意味することばで、河村氏の「斯(こ)の道、斯(こ)の心(仁)を培うこと」という教育理念から塾の名に採用されています。河村氏から大きな影響を受けた太賀吉は、「会社の経営においても、つねに精神科学の研鑽が必要である」という氏の教えのもとに、財団法人斯道文庫の創設を決意したのです。

 松永安左エ門氏の海浜別荘(福岡市地行西町)を譲り受けてスタートした斯道文庫は、昭和18年までの5年間に、日本儒学、漢詩文、国語国文、仏教、国史、東洋史、中国文学などに関する和漢書を中心にした新刊書・古書約3万2000冊を購入。積極的な蒐集活動と並行して、研究員による研究発表や公開講座の開催などにも力を注いでいました。
 また、江戸期の日本儒学を支えた安井息軒とその外孫朴堂が集めた約6000冊の「安井家本」、江戸後期の国学者・橘 守部の旧蔵和書約240冊、漢学者・浜野知三郎が集めたおよそ1万1500冊の和漢書コレクションなどが市場に出ると、麻生家が臨時の資金を提供して購入し、斯道文庫に寄託。文庫の充実に向け、惜しむことなく協力を続けました。

 ところが、第二次世界大戦の戦禍を逃れることはできず、昭和20年6月の空襲で書庫を除く関連施設のほとんどを焼失してしまいます。筑紫郡の農学校に疎開させていた蔵書は無事だったものの、再建は難しいと判断した太賀吉は、やむなく財団法人斯道文庫を解散。蔵書を麻生塾に引き取りましたが、貴重な資料を活用してほしいという太賀吉の願いは強く、昭和25年より7年間の期限付きで九州大学に預託することになりました。
 財団の事業を継承する研究機関の設置を望む太賀吉は、預託期限が終了し蔵書が返還されると、慶応義塾大学が創立100周年を迎えた昭和33年、およそ7万冊の蔵書をすべて慶応義塾に寄贈します。慶応義塾大学文学部の助手として昭和19年にはじめて斯道文庫を訪れ、その後、斯道文庫の研究員となった阿部隆一氏が慶應義塾大学に戻っていたこと、子息を義塾の幼稚舎に入れ、その塾風に感銘を受けていたことから、太賀吉は慶應義塾大学に信頼と期待を寄せていたのです。

 慶應義塾大学の付属研究機関として新たなスタートを切ってから約50年。太賀吉の熱意から生まれた斯道文庫は、麻生の手を離れたいまもその名を残し、研究機関として発展を続けています。
慶應義塾大学付属研究所「斯道文庫」
住所:東京都港区三田2-15-45 慶應義塾大学三田キャンパス内
電話:03-5427-1582
閲覧資格:専門研究者(原則として大学院生以上、大学院生は指導教授の紹介状が必要)
※閲覧手続きや閲覧時間などについては、斯道文庫のサイトでご確認ください。
http://www.sido.keio.ac.jp