沿革

沿革
 明治
明治5年 (1872) 麻生太吉、目尾御用山(飯塚市目尾)にて石炭採掘事業に着手
明治22年 (1889) 4月 鯰田炭坑を三菱社へ譲渡
明治27年 (1894) 5月1日 忠隈炭坑を住友家へ譲渡
明治29年 (1896) 3月4日 蟆妬羔箙埓瀘。麻生太吉頭取就任。
明治30年 (1897) 4月 麻生太吉、九州鉄道蠎萃役就任
明治30年 (1897) 貝島・安川家と共同で洞海湾埋渫(資)設立
明治33年 (1900) 10月29日 麻生太吉、若松築港蠎萃役就任
明治40年 (1907) 7月10日 藤棚坑、本洞坑を三井鉱山へ譲渡
明治41年 (1908) 10月31日 嘉穂電灯蠕瀘。麻生太吉社長就任
明治43年 (1910) 5月15日 嘉穂電灯蟇超罰始し、飯塚に筑豊初の電灯がともる

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 大正
大正2年 (1913) 6月 麻生太吉、九州水力電気蠎萃役就任
大正3年 (1914) 12月 麻生商店本社社屋竣工
大正4年 (1915) 10月16日 麻生太吉、博済無尽蠎萃役社長就任
大正7年 (1918) 6月1日 衙秬絃ε浩瀘。麻生太吉取締役社長就任
大正7年 (1918) 8月9日 飯塚病院、麻生炭鉱病院に改称して社内診療開始
大正9年 (1920) 8月23日 麻生炭鉱病院を私立飯塚病院に改称し、一般郡民に診療解放
大正10年 (1921) 10月11日 麻生太吉、全国石炭鉱業聯合会会長就任
大正11年 (1922) 10月5日 麻生太吉、九州産業鉄道蠎卍構任
大正11年 (1922) 麻生太吉の弟・太七が中心となり蠱羣造魍場(1933年嘉穂劇場となる)。建設準備事務室は衙秬絃ε垢棒澆韻蕕譴
大正13年 (1924) 6月 杖立川水力電気蠕瀘。麻生太吉社長就任

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 昭和
昭和3年 (1928) 5月27日 麻生太吉、麻生家家訓「程度大切、油断大敵」を創定
昭和3年 (1928) 10月25日 麻生太吉、九州水力電気蠎卍構任(1929年7月20日、同社定款改正により代表取締役となる)
昭和3年 (1928) 10月 麻生太吉、大宰府天満宮と宝満宮竈門神社(太宰府市)を結ぶ参拝隧道を寄進
昭和4年 (1929) 5月10日 麻生太吉、博多電気軌道蠎卍構任
昭和5年 (1930) 10月8日 麻生太吉、九州電気軌道蠎萃役就任
昭和8年 (1933) 9月30日 九州産業鉄道蠅閥綵産業蠅合併し産業セメント鉄道蠕瀘。麻生太吉社長就任
昭和8年 (1933) 12月8日 麻生太吉逝去
昭和9年 (1934) 1月26日 麻生太賀吉、衙秬絃ε梗萃役社長就任
昭和9年 (1934) 2月1日 麻生太賀吉、産業セメント鉄道蠎卍構任
昭和9年 (1934) 3月16日 産業セメント鉄道蝓▲札瓮鵐叛渋こ始
昭和10年 (1935) 1月 麻生太賀吉、麻生太吉を記念して市営勝盛公園に隣接した8,895坪の土地を飯塚市へ寄付。櫨山(はぜやま)公園となる(1957年かつもり公園、1963年勝盛公園に改称)
昭和11年 (1936) 7月16日 新飯塚運送興業蠕瀘(1943年6月、新飯塚商事蠅伐称)
昭和13年 (1938) 2月1日 麻生商店二十周年記念事業として九州帝国大学理学部創設基金を寄附
昭和13年 (1938) 12月26日 麻生商店二十周年記念事業として財団法人斯道文庫設立
昭和14年 (1939) 3月30日 九州帝国大学理学部設置
昭和14年 (1939) 3月31日 麻生商店二十周年事業として、中堅技術者養成のための完全無料の研修所麻生塾創立。麻生太賀吉理事長就任【麻生塾HPへ
昭和14年 (1939) 飯塚市へ私有地・高雄山を忠霊塔建設用地として提供し、建設費の一部を寄附。旌忠公園(飯塚市忠隈)となる
昭和16年 (1941) 5月1日 衙秬絃ε后∨秬弦朸鉢蠅伐称
昭和16年 (1941) 10月 麻生太賀吉が自身の結婚を記念して、土地・建設費・蔵書購入費を飯塚市に寄附し図書館開設(1967年5月飯塚市文化センターに移設され「飯塚市立図書館」となる)
昭和17年 (1942) 4月1日 九州水力電気蝓配電統制令により九州配電蠅謀合
昭和18年 (1943) 7月31日 産業セメント鉄道蝓鉄道部門を日本国有鉄道(国鉄)に譲渡
昭和20年 (1945) 3月31日 蟆妬羔箙圈一県一行主義により福岡銀行に合併
昭和20年 (1945) 6月1日 私立飯塚病院、会社経営に移管となり麻生鉱業蝓“喞揺賊,伐称
昭和21年 (1946) 4月30日 経済同友会(現公益財団法人経済同友会)発足。麻生太賀吉は発起人をつとめる
昭和21年 (1946) 5月31日 財団法人斯道文庫、戦時における空襲により書庫を除く関連施設をすべて焼失したため解散となる
昭和22年 (1947) 4月1日 麻生塾小学校開校
昭和23年 (1948) 3月 学制改革による新制高校として麻生塾工業高等学校開校
昭和26年 (1951) 5月1日 麻生太賀吉、九州電力蟆馗構任
昭和34年 (1959) 11月 新飯塚商事、若松石炭商事、大阪麻生商事の3社合併により、麻生商事蠕瀘
昭和35年 (1960) 12月1日 旧財団法人斯道文庫の蔵書を慶応義塾大学に寄贈し、慶應義塾大学附属研究所斯道文庫として再スタート
昭和36年 (1961) 6月1日 麻生フオームクリート蠕瀘
昭和40年 (1965) 3月 麻生太賀吉、日本石炭協会会長就任
昭和41年 (1966) 11月4日 麻生産業蠅茲衙秬献札瓮鵐鉢衒離独立
昭和43年 (1968) 3月5日 麻生芳雄商事蠕瀘
昭和44年 (1969) 4月30日 麻生最後の炭鉱である吉隈鉱業所閉山
昭和45年 (1970) 4月3日 蠱淤電算センター設立(1987年4月1日、衙秬絃霾鵐轡好謄爐慍称)
昭和46年 (1971) 2月23日 衙秬乎禄蠕瀘
昭和48年 (1973) 5月28日 麻生太賀吉、麻生セメント蟆馗構任。麻生太郎、社長就任。麻生泰、監査役就任
昭和48年 (1973) 6月1日 飯塚市体育館にて麻生創業百年記念式挙行
昭和48年 (1973) 10月1日 衙秬乎禄蝓吉隈炭坑跡地に麻生飯塚ゴルフ倶楽部オープン
昭和49年 (1974) 8月8日 麻生創業百周年の一環として、第一回飯塚音楽祭を開催
昭和50年 (1975) 4月1日 「麻生百年史」刊行
昭和52年 (1977) 7月26日 田川工場5号キルン稼働
昭和54年 (1979) 12月1日 麻生泰、麻生セメント蠎卍構任
昭和55年 (1980) 4月1日 飯塚病院付属看護専門学校、学校法人麻生塾麻生飯塚看護専門学校に組織変更(1989年4月1日麻生医療福祉専門学校、2009年4月1日麻生看護医療専門学校、2012年4月1日専門学校麻生看護大学校に改称)
昭和55年 (1980) 12月2日 麻生太賀吉逝去
昭和56年 (1981) 6月26日 麻生和子、麻生セメント蟆馗構任
昭和57年 (1982) 4月1日 飯塚病院、当時私立病院として最大規模となる救命救急センターを設置
昭和59年 (1984) 7月16日 螢▲愁ΑΕ謄鵐櫂薀蝓璽札鵐拭疾瀘(1997年1月1日螢▲愁ΑΕ劵紂璽泪法璽札鵐拭爾鵬称)
昭和59年 (1984) 8月 麻生セメント蝓日鐵セメント蝓電気化学工業蝓⊇四Д札瓮鵐鉢蠅蕕肇▲鵐妊好札瓮鵐閥ζ瓜業蠕瀘
昭和60年 (1985) 4月12日 第1回飯塚国際車いすテニス大会開催。麻生泰、大会会長として運営を全面支援
昭和60年 (1985) 8月23日 麻生開発蠕瀘
昭和60年 (1985) 12月14日 麻生開発蝓筑豊地域初のアイススケート場である飯塚アイスパレスオープン
昭和61年 (1986) 4月1日 麻生塾、福岡市に麻生電子ビジネス専門学校開校(2003年4月麻生情報ビジネス専門学校に改称)。専門学校グループとして第一歩を踏み出す
昭和61年 (1986) 4月1日 日本初の車いすテニス協会となる九州車いす協会設立。麻生泰会長就任
昭和62年 (1987) 10月20日 麻生メディカルサービス蠕瀘
昭和62年 (1987) 12月16日 泉北コンクリート蠕瀘
昭和62年 (1987) 12月22日 福岡コンクリート工業蠕瀘(2013年麻生コンクリート工業蠅鵬称)
昭和63年 (1988) 2月1日 麻生セメント蝓現在の医療事業に繋がるメディカル企画室開設
昭和64年 (1989) 4月1日 飯塚病院、厚生省から臨床研修指定病院に指定。卒後臨床研修開始
昭和64年 (1989) 4月1日 麻生教育サービス蠕瀘

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 平成
平成3年 (1991) 2月19日 西南コンクリート工業蠕瀘
平成3年 (1991) 9月17日 麻生セメント蝓⊃恵羆研究所完成(現粕屋事業所)
平成4年 (1992) アジア太平洋こども会議・イン福岡支援の会メンバーとして、福岡の子どもたちの国際交流事業支援を開始
平成5年 (1993) 6月16日 (医)博愛会京都病院を初めてのグループ病院として迎え入れる
平成5年 (1993) 麻生セメント蝓∋唆版儡物処理の事業化を本格化
平成6年 (1994) 2月19日 飯塚病院、第一回TQM発表大会開催
平成6年 (1994) 5月31日 アンデスセメント共同事業蟆鮖
平成6年 (1994) 麻生セメント蝓∨豹亳撚什 スーパーソリッドエース販売開始
平成7年 (1995) 3月14日 麻生飯塚ゴルフ倶楽部、新クラブハウス竣工。ニューコースも完成し、27ホール体制になる
平成7年 (1995) 12月1日 ㈳柏芳会記念福祉事業会、軽費老人ホームケアハウスはまゆう、ケアポート玄海開設
平成8年 (1996) 12月27日 飯塚病院、災害拠点病院(地域災害医療センター)に指定
平成10年 (1998) 3月1日 (医)博愛会、介護老人保健施設博愛苑開設
平成11年 (1999) 11月 麻生セメント蝓病院コンサルティング事業部設置
平成12年 (2000) 6月1日 麻生グループ21世紀ミッション「社会システム変革への貢献」を発表
平成13年 (2001) 7月 麻生セメント蝓▲哀襦璽廚箸靴督鷏班賊,領悗鮃げていく医療事業開発部発足
平成13年 (2001) 8月1日 麻生セメント蠅砲茲覘衙秬犬悗硫称に伴い、セメント事業を麻生セメント蠅吠社。ラファージュ社(現ホルシム社)が麻生セメントに資本参加
平成14年 (2002) 3月1日 国立療養所田川新生病院の委譲を受け、㈳柏芳会田川新生病院を開院
平成14年 (2002) 12月3日 オリックスとの合弁会社としてアスメディックス蠕瀘
平成14年 (2002) 日章会 南かごしま日高整形外科病院の経営を承継(2011年3月14日南鹿児島さくら病院に改称)
平成16年 (2004) 8月1日 麻生開発蝓↓螢─璽▲ぅ咼襪鮃臺
平成16年 (2004) 11月1日 麻生セメント蝓∨秬献薀侫 璽献絅札瓮鵐鉢蠅鵬称(2013年麻生セメント蠅鵬称)
平成16年 (2004) 11月4日 麻生飯塚ゴルフ倶楽部、アサヒ緑健主催のトーナメント「よみうり・麻生飯塚メモリアルオープンゴルフトーナメント」開催
平成17年 (2005) 4月1日 飯塚病院、地域医療支援病院に指定
平成17年 (2005) 5月 螢船礇譽鵐献鼻Ε▲愁Α⊂磴い者アスリートを支援するシーズアスリート設立
平成19年 (2007) 4月1日 麻生泰、福岡雙葉学園理事長就任
平成19年 (2007) 4月3日 蠧本メディカルプロパティマネジメント設立
平成19年 (2007) 8月31日 螢灰爛好鵑諒_県内在宅介護サービス事業を承継し、麻生介護サービス蠕瀘
平成19年 (2007) 10月30日 オックスフォード大学(英国)と連携し、麻生オックスフォード大学院ニューカレッジ奨学金を設立。福岡から世界に羽ばたく学生への支援を開始
平成19年 (2007) 12月18日 麻生レコードマネジメント蠕瀘
平成20年 (2008) 1月31日 飯塚病院、福岡県災害派遣医療チーム(福岡県DMAT)指定医療機関に指定
平成20年 (2008) 柏芳会が養護老人ホーム愛生苑を開設
平成20年 (2008) 頴田病院の経営を継承。(医)博愛会 頴田病院となる
平成21年 (2009) 5月 田川新生病院、筑豊地域初となるリハビリ病棟完成
平成22年 (2010) 5月11日 飯塚地域での療育事業への支援を目的として衫徹蘓橋愁廛蹈献Дト設立
平成22年 (2010) 6月29日 麻生泰、衙秬顕馗構任。麻生巖、社長就任
平成23年 (2011) 3月14日 東日本大震災の被災地へ1億円の支援を決定。グループ企業法人から義捐金を募り日本赤十字社を通して寄附
平成23年 (2011) 3月16日 低金利の常態化、および長期的な円安を想定して外貨建て債券の運用を開始
平成24年 (2012) 3月30日 ラファージュ社が保有する麻生セメント蠅粒式39.4%のうち34.4%を麻生グループにて買戻し
平成24年 (2012) 4月1日 グループ社員を対象に、無料の英語研修プログラムを開始
平成24年 (2012) 6月15日 太陽光発電事業を目的としてFASエコエナジー蠕瀘
平成24年 (2012) 8月6日 飯塚病院、ドクターカー運用開始
平成24年 (2012) 9月 ロンドンパラリンピックにてシーズアスリートの選手を含むゴールボール女子日本代表が団体競技で史上初の金メダル獲得
平成24年 (2012) 9月 螢船礇譽鵐献鼻Ε▲愁Α⊂磴い者就労移行支援事業に参入
平成24年 (2012) 12月 蠅ょうせいおよびぎょうせいグループ各社を麻生グループに迎える
平成24年 (2012) 相馬市震災孤児等支援金支給基金に、グループ社員有志から集めた義捐金を寄附(2012年以降も継続)
平成25年 (2013) 10月15日 螢─璽┘魅曠襯妊ングス設立、日特建設蠅よび日特建設グループ各社を麻生グループに迎える
平成25年 (2013) 10月31日 麻生飯塚ゴルフ倶楽部、日本ゴルフ協会主催のメジャートーナメント「日本シニアオープンゴルフ選手権競技」開催
平成27年 (2015) 10月1日 麻生グローバルイングリッシュ・プログラム設立。飯塚市で小中学生を対象に英語学習機会を無償で提供開始
平成28年 (2016) 8月22日 大浦荘にて将棋八大タイトルの1つである王位戦を開催。以後2019年、2021年には名人戦開催
平成29年 (2017) 衙秬検第三者割当増資により都築電気蠅鮖分法適用会社に迎える
平成30年 (2018) 7月18日 飯塚病院、開院100周年記念式典・祝賀会開催
平成30年 (2018) 12月4日 法令違反による麻生鉱山蠅寮依にともなう一部事業を継承により衙秬献泪ぅ縫鵐粟瀘
平成31年 (2019) 1月18日 「飯塚病院100年史」発行
平成31年 (2019) 麻生グループのインターン受け入れ体制やインターンシップの内容が評価を受け、オックスフォード大学より"Gold Standard Internship Host Award"を受賞

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 令和
令和2年 (2020) 12月29日 合同会社麻生東水ホールディングス設立、蠹貪埒綮困鮖分法適用会社に迎える
令和3年 (2021) 9月3日 東京パラリンピックにてシーズアスリートの選手を含むゴールボール女子日本代表が銅メダル獲得
令和4年 (2022) 3月7日 螢┘鵐好イPLUS及びエンスカイグループ各社を麻生グループに迎える
令和4年 (2022) 6月9日 麻生飯塚ゴルフ倶楽部にて『ASO飯塚チャレンジドゴルフトーナメント』(日本ゴルフツアー機構共催・主管)を開催(同月12日まで)
令和4年 (2022) 7月19日 大豊建設を第三者割当増資により麻生グループに迎える
令和4年 (2022) 7月 ららぽーと福岡に開業したキッザニア福岡に、「病院」パビリオンと「専門学校」パビリオンを出展。こどもたちが様々な仕事や働くことへの興味・関心をはぐくむ機会となるよう経験を積むことを目的として取り組んでいる
令和4年 (2022) 10月4日 飯塚病院、国内外を含め医療機関で初となるデミング賞を受賞
令和5年 (2023) 2月1日 「麻生百五十年史」刊行
令和5年 (2023) 6月7日 麻生飯塚ゴルフ倶楽部にて『ASO飯塚チャレンジドゴルフトーナメント』(日本ゴルフツアー機構共催・主管)を開催(同月11日まで)
*協力提携法人・機関を含む

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