麻生泰のメッセージ

九州から日本を動かす!
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(143) 創業150周年 その1
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 麻生グループは今年、創業150周年を迎えます。
 1872年に私の曽祖父である麻生太吉が石炭産業に着手し、創業しました。その後太吉が60年間事業を続け、その孫で私の父である太賀吉が40年、そして兄の太郎が6年、私が32年、現社長の巌が就任して12年となります。
 本当に有り難い事業機会を貰っています。麻生さんなら大丈夫だろう。麻生さんなら任せるわ。といった評価、信頼、期待も含めて頂いてきた現役陣の責任の重さ、やりがいの大きさ、また感謝心の強さはかなりのものがあります。

 「黒から白へ」。石炭が安価なエネルギーである石油に敗れ、筑豊にあった多くの石炭企業が閉山するとともに、多くの解雇者が生まれ、筑豊を去る中で当社は多くの合理化によって解雇者を出しながらも、セメントを主力としての企業強化を図り、会社を継続させました。私が社長になった際に、「先代は黒から白へ転換しましたが新社長は如何に」と問われたのを覚えています。
 私は一つの強化策として、セメントに代わる新しい事業コンセプト「MELDS」を提案しました。M:メディカル(医療・健康・介護事業)、E:エデュケーション(教育事業)、L:レディース(女性の社会進出サポート事業)、D:ディベロップメント(開発事業)、S:ソフトウェア(システム開発事業)という5つの事業分野を意味しています。社長になって、大事な一つの仕事として、「私の経営方針」という小冊子を二年に一度書きました。如何にして麻生社は生き残り、勝ち残るのかという思いをまとめ、書き、印刷し、配布しそして多くの現場に出かけて、社員に直接私の思いを伝えました。
 これらの分野には、
 1)麻生が経験している事業分野である。
 2)これから需要が期待できる事業分野である。
 3)社会に役立つ事業分野である。
ということが共通点としてありますが、女性サポートのLだけは1)の実績が無い事業でした。そのため、株式会社テンポラリーセンター(現パソナグループ)と共同経営という形で株式会社アソウ・テンポラリーセンター(現アソウ・ヒューマニーセンター)を設立しました。

(次回 144号に続きます)

2022.01.21

麻生 泰