麻生泰のメッセージ

九州から日本を動かす!
Move Japan forward from 九州!
(136) 掲げたストレッチゴールと、動き出す飯塚
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 この「九州から日本を動かす」というタイトルは、私が九州経済連合会の会長に就任した際に使命として書いたものです。何を目的としているのか、この連合会が持っている力、可能性、役割などを考え、少々ストレッチの効いたゴールを設定しました。
 同じように飯塚病院の使命は、日本一のまごころ病院を目指していくことです。民間ならではの想いを持って地域住民の為に、飯塚市の誇りにもなる目標の設定です。
 私は大学卒業後3年間イギリス留学の機会をもらい、その後3年間は大沢商会の社員として、営業マンを2年経験しました。兄が代議士になるということで私が家業に戻ることになった際に、兄から「経理財務も勉強させてもらってから帰ってくるのが良いぞ」と教えてもらい、大沢社長にご無理をお願いして、家業に戻る前に経理財務の部署での勤務を叶えて頂きました。
 すでに結婚もしていて長男を連れての飯塚への移住でした。麻生に戻り、当初驚いたのは、「この会社は残れるのかな?」と不安になるほど実にのんびりとしていたことです。8時半から16時半の勤務時間なのですが、当時には珍しく17時頃には殆どの社員は退社していました。自宅に戻る人もいますし、野球部の練習や麻雀に行く人もいました。財務や経理の人は少々遅くまで仕事をしていました。本社の周りは多くの社宅があり、昼食には自宅に帰り、その後仮眠をしてから出て来るという生活スタイルの人もいたと聞いています。
 飯塚病院の医師の中には勤務時間にルーズな人もいて、「診療開始時間に医師が職場についてもらうことを願っている」という報告を耳にするなど、のんびりというよりも気合不十分という感じでした。この状態の飯塚病院を日本一のまごころ病院にするというのはかなりのストレッチゴールでした。本格的に動き出したのは、看護師を中心にしての改善活動が成果を出してきてからです。
 現在ここでも書いていますH2Eという私のライフワークの中核は飯塚病院の「医療の質と経営の両立」を実現する中で可能となります。
 H2Eの「E」であるEducation(教育)は麻生塾他の動きもありますが、やはり飯塚市の片峯市長が着任されて以来レベルアップが実現されてきています。教員から校長、そして教育委員会の教育長を経験された後にご自分から立候補されて市長に就任され、二期目で一段とご自分のビジョンとして医療面で「健幸都市」づくりにも力を入れておられるのもありがたいことです。健康診断を市民が励行し、早期発見、早期治療による健康維持は実に適格な方針です。教育のレベルも向上してきていて、先日の発表では飯塚市の小学校、中学校の算数と国語の点数は過去最高点ということです。全国平均よりもかなり上の数字も一部で出ました。先生方の力入れの成果です。
 こうした地方都市飯塚でも魅力ある街が出来、住みたくなる街に出来るのだという実績を作っていくことで地方創生の一つのモデルを作っていきたいと思っています。そしてこれは決して遠い夢ではありません。医療と教育面で着実に前進していっています。この「九州から日本を動かす」というタイトルにあった動き、実績を自らの街から実現させていくライフワークのテーマとも重ねて動いていきます。

2021.10.11

麻生 泰