麻生泰のメッセージ

九州から日本を動かす!
Move Japan forward from 九州!
(178)地方都市から輝く
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2023年7月14日


九州から日本を動かす! Move Japan forward from 九州! (178)

 飯塚市がこれからどういう街に成っていくのかをもう少々書かせてください。
 
 私はこうしたかなり背伸びしたプランを立てて、動いていきます。飯塚病院も変わりました。かつて「外車及び、筑豊ナンバーは駐車お断り」という看板を出していた駐車場が少なくても博多に二カ所有った時代が40年くらい前です。
 同じ時代に飯塚市を住みたくなる街に変えていく、という思いを通産局のトップに話の中で呟くと、「麻生さんそれは無理です。筑豊だけでなく、大牟田も夕張も日本の炭鉱町で蘇った街は無いのですよ。それは世界中どこにもないのです。アメリカにもドイツでも炭鉱町が活性化したエリアは無いのです。」と言われました。
 逆にそういうイメージを持っている人が居るだけに、驚くべき変化を実現させてみたいです。一つの驚くべき実績は遠賀川が氾濫して嘉穂劇場が浸水した平成15年(2003年)、あの時の市民のバックアップです。私が募金集めの責任者として動きました。本当に驚くのは、お願いして回ると、「会社は経営がしんどいので出せないが、個人で1万円を出すよ」と寄付をしてくれた人が複数。東北からはお手紙に、「私は飯塚出身で現在はこの地に居るが、嘉穂劇場は飯塚のシンボルじゃ、麻生さん頑張ってくれ、」と書いて10万円を出して下さった方も居ました。郷土愛の存在、その強さを感じました。太郎代議士も手伝ってくれて公的な基金からも頂きました。復興に必要な支援金が想定以上に集まり、劇場の桟敷席を床暖房にする予定外の投資も実行できたのです。
 また、飯塚国際車いすテニス大会も障がい者に対しての地元の思いやりの強さを示しています。昭和60年(1985年)第1回開催から、もうこの大会は40年近く続いています。毎年35百万円位??かかる中での活動です。外国人の選手も飯塚と聞くと障がい者にやさしい街というイメージを持っています。毎年学生さんを中心に約2,000人のボランティアーが協力してくれます。タクシーの運転手さんも車いす椅子の人たちにやさしく対応をしてくれるし、警察、自衛隊の協力も飯塚の財産ですし、誇りでもあります。最近では大会期間中は飯塚以外からの競技参加者も街に出て夜はおいしい料理を楽しむなど、行きつけのお店も持っているようです。

 私は高齢者が多い中で、医療や介護施設のネットワークがしっかりと出来ていて、直ぐに施設で過剰に大事にケアーされる道のみではなくて、出来れば自宅にヘルパーなり、看護師やリハビリのスタッフが訪問してくれて最後まで自宅での療養や日常生活が出来るというのも飯塚市が持つマンパワー活用に繋がる魅力づくりだと思います。ローカルならではの人材の数とまごころスタッフのサポートや心意気がこの飯塚市には残っていると思います。

 健やかに老いる。これは非常に大事な挑戦課題です。自分の体を大切にし、鍛え、生涯学習、生涯現役、そして生涯収入源づくりを。与えられた一度の人生をこの飯塚という地方都市で、「六掛け負担で倍人生を楽しめる街」を目指します。

2023.07.14

麻生 泰